イラン西部、イラク国境に近いクルデスタン州の州都サナンダジ。絨毯通の間では、旧名である「セネ(Senneh)」という名で、畏敬の念を持って語り継がれてきました。かつてのセネ絨毯は、布のように薄く、驚異的な細かさを誇る芸術品として、イスファハンと並ぶ「憧れのブランド」だったのです。
しかし、1979年のイラン・イラク戦争を境に、その姿は大きく変わりました。現在、かつての「薄くペラペラなセネ」は市場から姿を消し、代わって主流となったのが、隣接する産地ビジャーの影響を受けた「強靭で厚みのあるサナンダジ」です。
「鉄の絨毯」の遺伝子を継ぐ、圧倒的な堅牢さ
現在のサナンダジは、かつてのペルシャ結びから、ビジャーと同じトルコ結びへと技法を転換させています。これは、より頑丈な絨毯を求める市場のニーズに応えた結果です。 「アイアンカーペット(鉄の絨毯)」と称されるビジャーと似た折り方を目指したサナンダジは、ずっしりとした厚みを持ち、非常にタフな作りが特徴です。佐藤氏は、その強さを「外で使ってもいいほど」と評し、実用性の高さを強調しています。
最高峰の素材 クルデスタン羊の誇り
サナンダジの品質を支えているのは、地元クルデスタン州で育つ羊の毛です。この地の羊毛は非常に強靭で質が高く、最高級産地であるイスファハンのパイル(毛足)にも使われていると言われるほどです。 この一流のケイト(毛糸)を使い、コツコツと緻密に織り上げられることで、サナンダジ特有の「しなやかでありながら狂靭」な質感が生まれます。
暮らしに馴染む「渋い美学」と伝統紋様
サナンダジのデザインは、落ち着いた大人の色香が漂います。
伝統の「マヒ(魚)柄」は、 非常に細かく鮮明に描かれたマヒ柄は、飽きのこない伝統美を感じさせます。
多彩なモチーフ 他にも、イランの国家である「バラ」を意匠化したものや、総柄の「ボテ(松かさ)」など、部族の歴史を感じさせるデザインが豊富です。
絶妙な色彩 紺や黒に近い深い赤を基調とし、そこにアクセントとして使われるマスタードイエロー(からし色)やコバルトブルーが、強い色味を和らげ、上品な印象を与えます。
最後に、ブランド名に惑わされない「本質」の選択
現代では、品質の高いものを「セネ」、リーズナブルなものを「サナンダジ」と呼び分けるブランディングもなされていますが、その本質は同じ場所にあります。
「絨毯は、強く、頑丈であるからこそ素晴らしい」。佐藤氏が語る通り、サナンダジは、華やかな都市の絨毯とは一線を画す「実用美の極致」です。インテリアのアクセントとして、あるいは一生モノの道具として。部族の誇りと強靭な羊毛が織りなす「現代のセネ」は、私たちの暮らしを足元から力強く支えてくれるはずです。





